どうも、ハルキです。

 

今日はタイトルの通り、子供が熱を出して救急車に運ばれた体験です。

そもそも今回の経験も、この先年月が経つと忘れたり薄れていくと思ったので、記録に残すために筆を取りました。

だから、誰かに届けるよりも、自分のために描いた側面が大きいかもです。

 

ただ、今回の騒動を得て、命というものについて改めて考えさせられました。

急に39℃近い高熱が出た息子

その日は、珍しく息子(仮:ともくん)が熱を出していた。

普段は、あまり熱を出さないし風邪もひかない強い子だなと思っていたけど、今日は朝にいつも通り体温を測ったら38℃近くあった。

ただ熱はあるけど、全然元気に動き回るし、いつもと同じように最近やり始めたヨチヨチ歩きで、家中をトコトコ歩いていた。

 

僕も奥さんと笑いながら、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

奥さん「熱は高いけど大丈夫そうだね〜、楽しそうだし笑」

僕「でも、この熱だと、保育園は行けないから休ませようか。」

奥さん「連絡しておくね〜」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

と言って、保育園はお休みさせてもらった。

幸い、この日が金曜日だったので、土日を挟むため、「月曜日ぐらいには行けるね〜」なんて奥さんと話していた。

 

 

そして、今日は1日つきっきりで僕が面倒を見ることになった。

午前中が終わったときも、全然辛そうな感じもない。

いつも通り普通に遊んでいる。

 

ネットで調べても、
『子供は平均体温が高いから、熱が高くても普通に過ごすこともある』
と書いてあった。

僕がもし39度あったら、何もできないけど子供は強いよな〜なんて悠長に思っていた。

 

そしてお昼ご飯もしっかり食べるし、バナナも1本まるまる食べてしまったので意外に大丈夫そうだった。

 

 

ただ念のため、午後はお医者さんに連れて行った。

近くのかかりつけ医に見せたが、この時期は熱が出る子供が増えるらしい。

ただインフルも流行ってないし、コロナも増えてるわけではないので、恐らく普通の風邪でしょうという診断だった。

 

息子はいつも通り、お医者さんに着くと泣き、先生が胸を聴診器で触ると、本気で泣き叫んでしまった。

先生「今日は注射を打たないよ〜」

と言ってくれたが、打たれた記憶しかないので、嫌なのだろう笑

 

 

そして、家に帰りお昼寝をして、起きたらおやつを食べていた。

 

ただ、そのおやつを食べ終わったぐらいから、目がトロンとしてきて少しグッタリしている。

少しお医者さんで疲れたのかな?と思いつつも、熱の上がり初めだったので、解熱剤は飲ませず早めに寝かせることにした。

(この時の体温)

夜ご飯もいつもだったら必ず全部食べるのに、今日は一口でもうダメだった。

もう今日は辛そうだったのでお風呂も入らずに、すぐに寝かせた。

 

 

 

・・・そして翌日。

 

息子は、朝起きた時からすでにグッタリしている状態。

 

普段だったら起きたらすぐにヨチヨチ歩きながら、僕を起こしてくるのだが、もう遊ぶ体力もなくずっとグッタリしている。

 

さすがにやばいなと思って、熱を測ってみると40度越え。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

僕「多分これがピークなんだろうね。」

奥さん「でも急に上がってるから熱性痙攣が怖いよね。」

僕「急に痙攣しちゃうやつでしょ?動画撮るんだよね。」

奥さん「そうそう、気をつけないとだから。」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

そして、お昼ご飯でヨーグルトを数口食べて、バナナを1切れ食べて、それ以上は食べなかった。

 

 

午後になり、まだグッタリしていたので、奥さんの上で息子は寝ていた。

僕も洗い物をしたり、洗濯物をしたりとできることをしていると、奥さんが急に僕を呼んだ。

 

 

奥さん「ねえ、なんか、ともくん、ぼーっとしているんだけど」

僕「え?大丈夫かな・・・?」

 

と言って、僕が近づいていくと

 

奥さん「いや、なんかやばい、顔が真っ青になってきた」

奥さん「ねえ、ともくん大丈夫?ともくん!」

 

 

奥さんが叫ぶ。

息子を揺らしても、全然目の焦点が合わずに、今までしていた呼吸すらも分からない。

 

「救急車!!!!」
「早く呼んで!!」

 

 

急に目の前で、意識を失っていく息子を目の前にして、慌てつつも手元のスマホを取り119にかけた。

 

119「事故ですか、救急ですか?」

僕「救急です、息子が急に意識無くなって今呼吸もなんかおかしくて」

119「住所を教えてください」

 

 

僕もテンパった。まさかこんな急に意識がなくなると思ってなかったからだ。

 

電話をしながら、奥さんが

 

「熱性けいれんだから、早く動画撮って!!!携帯がない!?、早く」

 

急いで、テーブルに放置されていたipadでビデオを回して奥さんに渡す。

動画を取りながら、奥さんは必死に呼びかける。

「ともくん、大丈夫?ねえ起きて!、ねえ」

 

僕も救急隊に連絡をしながら、必死に何もできない自分に不甲斐なさを感じて、
意識がなくなった息子を見るしかなかった。

 

 

 

そして、僕はこの救急車を呼んでる時に、最悪な自体を想像してしまった。

 

もし、このまま意識が戻らなかったら、

もし、このまま死んでしまったら、

 

 

たった3分前までは、奥さんと

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

奥さん「明日、温泉行く予定だったけど、これはもう確実に無理だね〜」

僕「来週とかにしよっか」

奥さん「ともくんも、家族風呂だったら少し入れるかな笑」

僕「まあ、熱いお湯じゃなければ大丈夫だよね」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

なんて日常の会話をしていた。普通の会話、毎日のたわいない会話。

 

そしてその中では、息子が中心となっていた。

 

でも、今その息子が、意識を失って、奥さんが泣き叫び呼びかける。

 

 

時間にして20秒ぐらいだったと思うが、頭の中はもういろんな想像までしてしまいぐちゃぐちゃだった。

 

 

そして、息子の容体を電話越しに伝えて

119「もうあと5分ほどで到着予定です。」

119「サイレンが聞こえたら、マスクの用意と保険証をお願いします」

 

 

そして、電話を切る少し前に、息子はやっと意識を取り戻した。

「あーあー、」と一応泣いてるが元気もない。

 

 

ただ、この時ほど嬉しかったことはない。

息もよくわからない。急に目の焦点も合わない。何も喋れない。

そんな死ぬかもしれない状況から、やっと息を吹き返した。

 

 

そしてその3分後には救急車が到着した。

ともくんを連れて、救急車に奥さんが乗り込み、大学病院へ運ばれた。

 

 

そして、僕は後から車で病院まで向かった。

救急隊の人に言われたのが、
「焦らず信号はしっかり止まって、ゆっくりときてください。大丈夫ですからね」
という言葉が残っていた。

多分この言葉がなかったら、足が震えてアクセスやブレーキを間違えてた可能性もある。

 

それぐらい僕は動揺していた。

 

そして大学病院に着き、保険証等で手続きをしていると、泣いてる息子の声が聞こえてきた。

 

お医者さんの言葉では、恐らく熱性けいれんとのことだった。

断定はできないけど、今後また痙攣が起きたら、血液検査などをして詳細を調べるという。

ただ熱性けいれんの再発は少ないので、大丈夫だと思うとのことだった。

 

 

先生「もし次も起きたら、すぐ救急にきてもいいし。もしできれば様子を見て、もし続くようだったら救急車でもいい」

と言われた。

 

多分次も、僕は迷わず救急車を呼ぶと思う。

人生で数回程度しか使わないし、息子の一大事なので、僕は恐らく呼ぶ。

もしそこで呼ばずに息子が、死んでしまったら後悔しか残らない。

 

 

そして、今現在は熱も下がってある程度元気に遊ぶようになった。

まだ全快ではないが、それでも少しずつ笑うようになって、前と同じように「まんま」と言ってご飯も欲しがるようになった。

 

今後影響がないかも分からないけど、でも本気で生きていて嬉しいしありがとうと言いたい。

 

 

命が奪われる時って一瞬

今回の熱性けいれんもよく調べてみると、正直多くの子供でも見られることらしい。

実際に僕の妹も、小さい頃に何度か痙攣して救急車で運ばれてるみたいだった。

 

ただ、その体験談や他の人の話を聞いても、実際に当事者になると全然違った。

 

急に息子の意識がなくなり、目の焦点が合わない、しかも呼びかけに応答もしない。

 

そうなると、「もう本当に死んじゃうんじゃないか・・・。」
今まで楽しかった思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡って、

「頼むから生きて欲しい、、、」

 

そう心の中から願うほどだった。

 

 

不謹慎だとは思うが、人が死ぬ時ってこんな風に急に日常から消えていくんだと思った。

楽しかった時が一瞬で不幸に落ちるように、今までの日常がガラガラと積み木のように崩れていく。

 

正直、もうこんなことは2度と起きてほしくないし、命の危険はない方がいい。

変われるなら、僕が変わって死んでもいいと思ってる。

親だからここは当たり前かもしれないが。

 

 

 

そして今回のことも、今更ながら思い出すが決していい記憶ではない。

今も息子のけいれんしている動画は、辛すぎて見れていない。

 

 

でもそれでもこうやって僕が記事にしているのは、言葉にして残しておかなければ、今後忘れてしまうと思ったからだ。

 

誰かにこの体験談を届けるというよりも、自分自身のために書いている。

今後息子が元気になって、遊び回ったり成長しても、その度に、生きてることのありがたさ。

今ここにいるだけでも、僕らは嬉しいということが思い出せるように。

 

「昔はこんなこともあったな。でも生きていてくれてありがとう。」

この先もそうやって感謝できるように、今この記事を書いている。

 

もしも息子が大きくなって、この時のことを聞いてきたら、この記事を読んで、思い出してしっかりと話してあげようと思う。

 

そして助けてくれた救急隊の隊員さん、病院の先生本当にありがとうございます。

息子も生きていてくれてありがとう。

 

これからも楽しい思い出を一緒に作っていこう。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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